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Daisuke Kono

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その日の夜、二人は2階にあるトオルの部屋で器の中から見つかった古地図(こちず)を眺めていた。地図にはいくつかのなどとその名前、集落を結ぶ、さらに小さな民家お城のような絵まで書かれてあったが、字の方は(くず)し書きされてある上、紙が古すぎてほとんど読めなくなってしまっていた。
 
「しかし、まさか器の中に地図が隠されてるなんてな。その器を割ってくれた生徒に感謝しないといけないな。」
 
カイは感心したように、そして皮肉交じりに言った。
 
「はは、そうだな。しかもその器が骨董屋にあったなんて…木の葉を隠すなら森の中とはよく言ったもんだよ。それに、どこよりも器を丁寧に扱う骨董屋だったら器が欠けたりしない限り地図が見つかる可能性はほとんどないからな。今の今まで見つからなかったのも不思議じゃない。」

トオルはそう言うと、さらに詳しく地図の中身について確認してみた。

「えっと…地図で×印のようなものが付いてる場所がある。この「…ヶ原」?と小さな丸のようなものが中にいくつも書かれた三角の図形だけど、これだけじゃ名前も場所もわからないな。それにこの別の場所に書いてある2つの言葉は何だろう?(こん)「なきわら」?周りの字が消えかかってはっきり読めないけど…これって地名じゃないよな。何かのメモ書きだろうか?」
 
「う~ん?」
 
カイも皆目(かいもく)検討もつかないといった表情をしている。
 
「もしかしたら宝の隠し場所のヒントかもしれないし、これに関しては時間があったら調べてみるよ。ところでカイ、お前の方はどうなってる?」
 
実はカイは、トオルとは別のルートで五右衛門の宝について調べている所だった。
 
「ああ。今、野良(のら)たちから情報を集めてるところだが、今のところ、有力な情報はまだなさそうだな。」
 
カイはあらゆる猫たちの上に立つ化け猫一族の末裔(まつえい)である。そのため、日本全国の猫に顔が効く。しかし、猫1匹の移動範囲は知れているため、各地域の情報を握っているボス猫から別の地域のボス猫へと猫伝いに伝達する方法をとっているのだそうだ。さらに、彼らの中には情報屋なる猫もいるらしい。「猫のコミュニティも意外にしっかりしているものなんだな」と、それを聞いた時のトオルは思った。
 
「ところで今、石川五右衛門のことについて調べてるんだけど、その出身地には三重や大阪、京都、静岡などいろいろな説があるらしいんだ。でも、お前の祖先にあたる「トラ」と五右衛門たちが京都にいたこと、「導きの器」が古伊賀(こいが)だったことなんかを考えると、三重京都辺りがかなり怪しいと思うんだが。」
 
「そうだな、可能性は高いかもな。」
 
「俺、明日にでも図書館に行ってこの地図の場所を探してみるよ。図書館にお前を連れて入るわけにはいかないから、カイは引き続き、できれば猫たちからその辺の情報を集めてくれ。」
 
「わかった。特に西方面の情報を増やすように他の野良たちにも言ってみる。」
 
次の日、トオルは図書館へ出かけた。「もしこの地図を書いたのが五右衛門に近い人間だとしたら、おそらく安土桃山時代後期あたりのものだろう。その頃に書かれた古地図を探した方が良さそうだな」トオルはそう考え、図書館の中の地図や郷土コーナーなどで京都や三重に関する本をできる限り詳しく調べてみた。すると、安土桃山時代のものではなかったが、江戸時代初期に書かれた道中絵巻物の中に運よくそれに近いものが見つかった。
 
「あった、これだ!…島ヶ原(しまがはら)!資料でも「島ヶ原」自体は、1000年以上前から存在している歴史ある場所で、京都と伊賀を結ぶ街道がある交通の(かなめ)とある…おそらく間違いないな!となると、こっちの場所は…?」
 
トオルは書かれてあった情報をメモに取って古地図をコピーすると、急いで家に帰った。
 
 
その日の夜、カイはなかなか帰ってこなかった。幸子はかなり心配していたようだが、トオルは「必ず帰ってくるから大丈夫」と言って母を慰めた。夜の10時をまわった頃だった。2階の部屋の窓の外で「ニャ~」という猫の泣き声がしたので窓を開けると、泥と雑草まみれになったカイが屋根の上に座っていた。
 
「どうしたんだ、カイ!?大丈夫か?」
 
「ああ、ちょっと遠くまで行ってたんだ。それより地図の方はどうだった?場所はわかったか?」
 
「ああ、何となくな。今、最近の地図と照らし合わせてる所だ。とりあえず、そのままじゃ家に上がれないから先に風呂に入れてやるよ。」
 
トオルはカイをお風呂場に連れて行って汚れを落としてやった。幸子はカイを見て泣きそうな顔をしていたが、元気なカイの姿を見て安心したのか、すぐにご飯を用意した。カイはご飯を食べ終わると、トオルといっしょに2階の部屋に上がって宝探しの会議を始めた。
 
「よし、まずじゃあ俺からだ。この古地図はどうやら伊賀(いがの)(くに)とその周辺について書かれたもののようだ。読めなかった「…ヶ原」は「島ヶ原」って地名らしい。現在の地図で言うと三重県伊賀市の西端に当たる場所だな。西には京都、東には伊賀流忍者発祥(はっしょう)の地で知られる伊賀上野(いがうえの)もある。もしお前の言う通り五右衛門の仲間の中に忍者のような者がいたとしたら、この場所でほぼ間違いないんじゃないかな。そして、三角形の図形の方はおそらく現代地図の位置から考えると、そのすぐ近くにある山のどれかだと思う。候補がいくつもあってまだ絞りきれてはいないけど…カイ、そっちはどうだった?」
 
トオルが尋ねると、カイはコクンと(うなず)いて答えた。
 
「ああ、オレの方も確認してみたんだが、関西から来た猫たちの中に一匹だけ、そこに近い場所から来たヤツがいた。そいつは飼い主の都合でこっちに引っ越してきたみたいだが、確かにその辺りには石川五右衛門が生まれた地という話があることはあるらしい。あと、他にも気になる情報があるんだ…。」
 
「どうした?」
 
カイが浮かない表情をしたのでトオルは聞いてみた。
 
「どうもこの宝を探している人間が他にもいるっていうんだ。そいつらは宝探しのために京都や三重周辺の山々や古墳なんかを荒らしまくってるって噂だ。警察にも何度か注意されたことがあるみたいだぜ。あと話によると、そいつらは3人組で自分たちのことをこう呼んでいたとか…「トレジャーハンター」だって。」
 
「何!?トレジャーハンター!?宝探しの専門家のことじゃないか?そいつらも五右衛門の仲間が隠したっていう「鈴」を探してるのか?」
 
トオルが尋ねると、カイは首を横に振った。
 
「いいや、たぶんそいつらは「鈴」のことは知らないだろう。あくまで「宝」が目的のはずだ。だがかなり危ないヤツもいるみたいでな…実はそのうちの一人に猫仲間が一匹()られてる!
 
「ま、まさか…。」
 
「トオル。オレたちが石川の宝を探してることはあまり人には言わない方が良い。そいつらに知られたら、かなり危険だぞ!」
 
トオルはカイの言うことに同感した。
 
「そうだな。あ、それとカイ、もうすぐ学校が夏休みに入るんだ。夏休みのどこかで俺はしばらく長い休みを取るつもりだから、そしたらいっしょに三重にある島ヶ原に行こう。何日かかけて五右衛門の仲間たちが隠した「金の鈴」を見つけるんだ!」
 
トオルがそう言うと、カイは少し照れくさそうな顔をした。
 
「トオル、悪い…ありがとな。お前にはホント感謝してるよ。」
 
と、カイがらしくない(・・・・・)言葉を使ったので、
 
「バカ、乗りかかった船だ。飼い主に遠慮するなよ。」
 
と言って、トオルはカイの頭を()でてあげた。カイはゴロゴロと(のど)を鳴らし気持ち良さそうな顔をしていたが、自分とカイ以外にも宝探しをする者たちがいることに、そのときのトオルは(いく)ばくかの不安を感じていた。
 
 
※コミュニティ:密着している地域社会のこと。直訳すると「共同体」の意。
※道中絵巻物:江戸時代の陸路や海路を記した、水平に連なる巻物状になった地図のこと。
伊賀国(いがのくに):かつての三重県西部、上野盆地一帯にあった国の名称。現在の伊賀市、名張市に当たる。また、伊州(いしゅう)と呼ばれることもある。
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トオルは、職員室にある自分の机の上で「導きの器」を眺めていた。「これには隠された宝に関する秘密があるって瑞江さんは言ってたけど、一体何なんだろう?」そう思いながらトオルは最近、学校でも家でも器ばかり見ていた。時には器に水を入れてみたり()にかざしてみたり軽く叩いてみたりもしたが、何か起こりそうな気配は一向になかった。湯舟先生はトオルのそんな様子を見て完全に骨董に目覚めたと思ったらしく、骨董展に何度か誘ってくることがあったが、トオルはその度に上手くごまかして断っていた。カイは「もしかしたらその器は、宝の隠し場所で使う道具なのかもしれない」というようなことを言っていたが、トオルもそんなふうに考えていた。ある日のことだった。トオルが資料室で調べ物をしていると、咲がドアを開けて入ってきた。
 
「あ、椎名先生。ここにいたんですか?もうすぐ始まりますよ、放課後の職員会議。」
 
「あ、そうでした。今行きます。すみません。」
 
トオルは職員会議があることをすっかり忘れていた。今日の職員会議では、再来週に(ひか)えている1学期の終業式の打ち合わせなどをする予定なのだ。
 
「ここで何をなさってるんですか?なんか最近、先生たちの間でも噂になってますよ。椎名先生が机に座って変な器ばっかり見てるとか、資料室に閉じこもってるとか…。生徒たちの中には『ついに湯舟2号誕生だ!』なんて言っちゃってる子もいますけど。ふふっ。」
 
「あ、いや、別にそういうわけじゃないんですけど…。」
 
トオルは咲に笑われて少し恥ずかしくなると同時に、まさか先生や生徒たちにそんなふうに言われてることにも全く気が付いていなかったことに驚いた。トオルは調べ物を止めて資料室を出ると、咲といっしょに職員室の方に向かって歩き始めた。
 
「今、個人的な興味で…「石川五右衛門」の人物像について調べてるんです。」
 
「「石川五右衛門」って…あの有名な泥棒の、ですか?」
 
「はい。主に出身地とか生い立ちとか、わかる範囲だけなんですが…。」
 
「へぇ、そうでしたか。椎名先生が「石川五右衛門」を…なんか、ちょっと意外です。社会の先生みたいですね。」
 
「はは。いや、まぁ。」
 
トオルは話を変えた。
 
「そういえば、双葉先生は夏休みのご予定は何かおありなんですか?」
 
トオルはもし咲に予定がなければ、上手くいくかどうかわからないが一度食事にでも誘ってみようかな、と考えていた。
 
「夏休みは一度叔父(おじ)の所に行こうと思ってるんです。私が子供の頃はその叔父によく遊んでもらってたんですが、今、仕事でちょっと離れた所に住んでるんで、それで最近全然会ってなくて…久しぶりに家族みんなで会いに行こうかなって。あとは学校に来るのがほとんどですね。他の先生に聞くと、夏休みもたくさんお仕事あるみたいなんで。」
 
「そうですか…そうですよね。」
 
トオルはちょっと肩を落とした。
 
「椎名先生は何かご予定はあるんですか?」
 
「いえ、僕はまだ…。」
 
トオルは学校に来る日はあるが、それ以外のちゃんとした夏休みの予定はまだ何も決まっていなかった。
 
「仕事は忙しいですけど、お互い良い夏休みになると良いですね。」
 
「そうですね。」
 
トオルは「咲とずっとこのまま話ができたらいいな」と、心の中でそう思った。
 
 
その日、トオルは夕方少し遅くなってからようやく仕事が終わった。夏なのに外はもうすっかり暗くなり始めている。そんな中でも、学校の正面玄関を出て自転車置き場に向かう間、トオルはずっと器を眺めていた。
 
「とおるせんせーい!だぁーれだ!?」
 
突然、後ろから目隠しをされたのでトオルは驚いた。
 
「ゆ、結城(ゆうき)さんですか?」
 
「当ったり~!」
 
目隠しをとってトオルの前に姿を見せた女の子は、3年E組の結城愛(ゆうきあい)だった。トオル自身は現在3年生の授業はないのだが、去年2年生の数学を教えていて、その時に担当していたクラスの生徒の一人だ。愛はトオルのことがかなりお気に入りで、生徒の中で彼女だけがトオルのことを「とおる先生」と呼び、時々こうしてスキンシップを図ってくる。小柄でショートヘアー、大きな目が特徴の可愛らしい女の子で、同学年の男子生徒からも結構モテるらしいのだが、トオル自身は正直、彼女の扱いがあまり得意ではなかった。
 
「ねぇ、とおる先生。また、彼氏のことなんだけどぉ…。」
 
愛はよくトオルに恋の話や彼氏の話をしてくる。やれカラオケに行っただの、帰りに手を繋いだだの、逐一(ちくいち)報告に来ては帰っていく。彼女の話はいつもそんな内容だったが、ニュースで報道されている援助交際のような犯罪と比べれば健全な男女交際をしているようだったので、トオルはとりあえず安心していた。
 
「……でぇ、その日は二人で帰ったの。ね、ね、どう思う?」
 
「そうですか。それは…良かったですね。」
 
「もう、ちゃんと話聞いてたぁ?」
 
「え?聞いてましたよ。」
 
トオルは正直あまり話を聞いていなかったので、はぐらかしながら答えた。すると愛は突然、唐突(とうとつ)に腕を組んできて言った。
 
「卒業したら彼氏と別れて、とおる先生と付き合っちゃおっかなぁ。」
 
「え?いや、ちょっと…それは困ります。」
 
「はは。冗談だよ~。もう本気にしちゃって、とおる先生かわいいー。」
 
トオルは愛を邪険(じゃけん)に扱っていいものかどうかわからず頭を()いた。「やはりこの子はちょっと苦手だな」そう思ってドギマギしていると、愛はトオルが右手に持っている物に気が付いて、それをサッと彼の手から奪い取った。
 
「これなぁに?なんか古臭くてオジンっぽーい!とおる先生、これ、「長老」からもらったんでしょ?」
 
「長老」は湯舟先生のあだ名だが、問題はそこじゃない。愛がぽんぽんと器を手の平の上で遊ばせ始めた。
 
「結城さん、ダメですよ!それ返して下さい!」
 
「キャハ!やだ!」
 
傍目(はため)から見たら、この状況はまるでカップル同士がいちゃついてるみたいだ。他の先生に見られたらどう思われるだろう?しかし、トオルはそんなことに構っている余裕はなかった。
 
「結城さん、返しなさい!それは大事な物なんだ!100万円以上する価値ある物なんだよ!」
 
「え?ウソ!?」
 
愛はその値段を聞くとびっくりして急に立ち止まった。その反動で、器は愛の手から地面に(すべ)り落ち、ガシャンと音を立てて真っ二つに割れてしまった。トオルは口をポカンと開けたまま呆然(ぼうぜん)となった。
 
「やだ!わ、割れちゃった…どうしよ、とおる先生。ゴ、ゴ、ゴメンなさい!!」
 
愛はそう言うと、しくしくと泣き始めた。トオルは肩を落としたが、
 
「…まぁ割れてしまったものは仕方がない。結城さん、大丈夫です。そんなに泣かないで下さい。これは確かに高価な物ですが、(わけ)あってタダでもらったものですから。でももうこんな悪ふざけは、二度としちゃダメですよ!それより怪我(けが)はなかったですか?」
 
そう言うと、愛の頭に軽く手を置いて優しく(なぐさ)めてあげた。すると愛は少し泣き止んで、
 
「うん。大丈夫。ホ、ホントにゴメンなさい…もうしません。」
 
と謝った。
 
「ホントに大丈夫だから。ほらもう暗いんで、早く家に帰りなさい。」
 
トオルがそう言うと彼女は、
 
「は、はい、先生。さようなら。今日は本当に…ごめんなさい!!」
 
と深く頭を下げ、しょんぼりしながら家に帰っていった。「度が過ぎなければ良い子なんだけどな」トオルは愛のことをそんなふうに思いながら、彼女の姿が見えなくなるまで見送った。
 
「しかし、これ…帰ってカイに何て言おう。」
 
トオルが割れた器を拾おうとすると、器の破片の割れた部分にわずかな空洞があって、その隙間に二つ折りの古い紙のような物(はさ)まっていることに気が付いた。そして、それを破かないようにそっと引き抜いてみると、そこには手書きの文字いくつか図形のようなものが書かれてあるのが見えた。
 
「こ、これって…まさか!?」
 
トオルは紙をポケットに入れ割れた破片を拾い集めると、家にいるカイの元へと急いだ。


邪険(じゃけん):相手の気持ちを汲み取らず、ひどい扱いをすること。
※肩を落とす:がっかりして力が抜けること。
3.導くモノたち、其壱(そのいち)
 
「古伊賀茶碗ですか?」
 
次の日、トオルは学校で湯舟先生のいる社会科資料室を訪ねた。湯舟先生は相変わらず眠ったような顔をしているが、トオルがそれについて尋ねると目を輝かせた。
 
「椎名くんは骨董(こっとう)に興味があるんですか?」
 
「い、いえ。そういうわけでないんですが…ちょっと知りたくて。」

トオルは言葉を(にご)すように答えた
 
「そうですか。いえ、良いんですよ。そういう所から興味や物の好き(・・・・)って始まるんです。伊賀焼きはですね、元々(みず)(がめ)とか擂鉢(すりばち)とか、そういった日用雑器が多かったんです。それを桃山時代に筒井(つつい)定次(さだつぐ)という人がそれまでの伊賀にはない茶壷(ちゃつぼ)水指(みずさし)などを作り始めました。それを「筒井伊賀」もしくは古伊賀(こいが)と呼ぶんです。ちょっと待って下さいね。」
 
湯舟先生はそう言うと、部屋に積んである本を探り始めた。
 
「ああ、ありました。これです。日本の焼き物に関する本で、様々な種類の伝統的な焼き物が詳しく載っています。私が個人的にいつか授業ででもと思って用意してもらった本なんですが、読んでみるといいですよ。返してもらうのはいつでも結構ですから。しかし、古伊賀の茶碗ですか…確かにあることはありますが、大変珍しい物です。特に、椎名くんの言うような色・形のものは私の記憶にはありませんねぇ。」
 
「そうですか…いえ、ありがとうございます。」
 
と言って、トオルはその本を受け取った。さらに湯舟先生は、「もしわからないことがあったら私に聞いてください。知ってることは何でも教えますから」とも言ってくれた。正直、湯舟先生をこんなに頼もしいと思ったことは今まではなかった。トオルは家に帰ると、早速カイといっしょにその本を見てみた。そこには、古伊賀の焼き物の写真などもいくつか載せられていた。
 
「カイ、確か石川五右衛門の仲間の中には職人みたいな人もいたって言ってよな?そのうちの誰かが伊賀焼きを学んで、あの「導きの器」を作ったんじゃないのかな?」
 
「ああ。そうかもしれないな。」
 
「でも、一体そんな道具を何のために誰のために作ったんだろう?単に隠すだけじゃダメだったのかな?ずっと見つからないようにするんなら道具なんて作らなくてもいいだろうし…。」
 
「オレの母親はその理由については教えてくれなかったな。あるいは知らなかったのかもしれないが…。いつかまた取り出すつもりだったんじゃねぇか?」

「う~ん。」
 
トオルはさらにパラパラと本をめくった。すると、あるページに黒川瑞江(みずえ)が出してきた例の壷によく似た壷が載っていた。
 
「カイ!おい、これ!あの問題の壷にそっくりだ!」
 
そこには、(さか)()()(かき)右衛()(もん)色絵(いろえ)()(もん)(つぼ)と書かれていた。
 
 
それから、トオルは柿右衛門の作品やその特徴を(くま)なく調べた。「酒井田柿右衛門」とは、江戸時代に赤絵磁器の焼成に初めて成功したことで有名な肥前国(ひぜんのくに)(現佐賀県)有田の陶芸家である。濁手(にごしで)と呼ばれる白磁(はくじ)が最大の特徴で、上絵(うわえ)には上質な朱色や緑といった色の絵具が使われることが多く、その作風は柿右衛門様式と呼ばれている。
また湯舟先生は、骨董を見分けるには優れた作品をたくさん見ること、そして実際に手に触れてみることが大切だと教えてくれた。そこでトオルは、休みの日はできるだけ骨董展など有名な作品が展示されている会場に足を運んだ。さらに、黒川屋には学校が終わってからほぼ毎日訪れ、あの2つの壷を(じか)に見て、さらに手にとっては観察をし続けた。初めのうちは見分けられないトオルを軽視(けいし)していた瑞江だったが、数回目に訪れた時には、トオルが来る前に壷を出して用意してくれていた。
 
「さて、今日はどうかね?まぁ、せいぜい頑張りな。」
 
しかし、トオルは壷の真贋(しんがん)を見分けることができないまま、とうとう2週間以上が経ってしまった。そして、トオルが黒川屋を初めて訪れてから、二十日余りを過ぎようとしていたある日のことだった。その日はカイに店の前で待ってもらっていた。いつものように壷とにらめっこをしているトオルの隣で、瑞江は「また今日も無理か」と思いながら、いつものように座って新聞を読んでいた。しかし、その日のトオルは少し違っていた。まるで鬼のような形相(ぎょうそう)で壷をにらみつけている。それから30分程経っただろうか、2つの壷を交互に手にとって眺めていたトオルは、壷を静かに置いてこう言った。
 
「右…が、真物(ほんもの)です。」
 
瑞江は新聞から目を離し、少し驚いた表情でトオルを見た。
 
「…ほう。で、その理由は何だい?」
 
「この壷は…柿右衛門様式の色絵花文壷ですよね?」
 
「…ああ、その通りだ。」
 
瑞江は真剣な表情をしている。トオルは続けた。
 
「柿右衛門様式の最大の特徴は、何と言っても地肌の美しい白さにあります。それが左の物よりも右の方がよく出ていると思います。また、器体の繊細(せんさい)な薄さも自分が見てきた本物の柿右衛門様式に近いのは右の物です。それに…なんというか…。」
 
「それに?なんというか?」
 
「…右の壷の方が、自分の心がグッと()かれました!!
 
瑞江はそれを聞くと、急に大きな声で笑い始めた。それを見てトオルは、自分が何かおかしいことを言っただろうか?と首をかしげた。
 
「あははは…。いやいや、あまりにも最後のあんたの答えが純粋すぎる答えだったからさ…わ、悪かった。最近の若い者は根性なしばっかでね、あんたもすぐにあきらめると思ったんだが…あんた、なかなかいい根性してるよ。気に入った!」
 
「それで…正解は、どっちなんですか?」
 
トオルは思い切って質問した。すると、瑞江はニコっと優しく微笑んでトオルを見た。トオルがこの店に来て以来、瑞江のそんな穏やかな表情を見るのは初めてのことだった。
 
「正解はね…あんたの選んだ方さ。そう、右が真物(ほんもの)の柿右衛門の色絵花文壷だよ。」
 
トオルはそれを聞いて、力が抜けてその場に座り込んだ。
 
「あらあら、大丈夫かい?でも、あんたの言うとおりだ。物の良し悪しを見抜くのは最終的には人の心だ。知識も確かに必要だが、人に教えてもらうだけのもんじゃない。最終的には自分自身で身につけていかないといけないんだ。あんたはそれに合格したんだよ。」
 
そう言って瑞江は「導きの器」の方に歩いていって器を手に取ると、それを丁寧に紙に包み小さな木箱に入れ、トオルに手渡した。
 
「こいつ専用の入れ物はないんでこれで勘弁しておくれ。なぁ若いの、人と人、物と人にはね、強く引き合う力が作用することがある。私はね、あんたとこの器にはそれがあると思ってる。だから、ぜひ大事にしておくれよ!」
 
「はい、ありがとうございます!」
 
と言って、トオルは店を後にした。店の前で待っていたカイが、
 
「やったのか?」
 
と尋ねてきた。トオルは強く(うなず)いた。するとカイは、
 
「へへ、今夜はスシだな!
 
と、笑いながら言った。


※言葉を(にご)す:はっきり言わないで、曖昧(あいまい)に言うこと。
(くま)なく:すみずみまで、徹底的に、の意。
形相(ぎょうそう):激しい感情の表れた顔つきのこと。
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