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Daisuke Kono

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「あら、トオル。お風呂長かったわね。猫ちゃんの体ちゃんと洗ってくれた?」
 
幸子はどうやらキッチンの洗い物などをちょうど全て終えてしまったところのようだ。
 
「あ、ああ。大丈夫、ちゃんと洗ったよ…。」
 
「トオル。あなた、ちょっと顔色が悪いわよ?大丈夫?」
 
幸子はトオルの顔を遠くから[のぞ]き込むようにして言った。
 
「う、うん。ちょっと湯冷[ゆざ]めしちゃったかな…でも、平気。大丈夫だから。」
 
「そう…ならいいわ。あ、そうだ。猫ちゃんの名前ね、実はもういくつか考えてあるの。あなたも気に入るといいんだけど…。」
 
やっぱり…そう思ったトオルの[かん]は当たっていた。
 
「そ、そのことなんだけどさ…。実は俺も、コイツの名前……考えたんだけど…結構良いかなって思ってて……それにしちゃ、ダメかな?」
 
トオルがそう言うと幸子は彼の方を見て、少し怪訝[けげん]そうな表情を浮かべて言った。
 
「あら。だって、あなた。さっき私が決めて良いって言ってたのに…。」

幸子がそう言うとトオルは少し[あせ]った様子で、
 
「うん。そうなんだけどさ…コイツも結構気に入ってるみたいで…。えっと…その名前っていうのが…。」

と言うと、
 
「待って!」
 
幸子はトオルの言葉を[さえぎ]り濡れた手をタオルで拭いて、エプロンを外し壁にあるフックにそれをかけた後でこう言った。
 
「こうしましょう。あなたの考えた名前と私が考えた名前、それでこの猫ちゃんを呼んでみて、一番反応した名前にするっていうのはどう?おもしろくない?」
 
トオルはカイの方を見た。カイもトオルの方を見上げた。(まぁ別にいっか。コイツが言葉をしゃべらなければ…問題はないよな)トオルは少し迷ったが結局、幸子の提案に乗った。
 
「よし、決まりね!じゃ、リビングに行きましょう。猫ちゃんもいっしょにね!」
 
幸子はキッチンの電気を消すとそのままリビングに向かったので、トオルとカイもその後をついていった。リビングはフローリング式で8畳[ほど]の広さがある。部屋の端には32インチの薄型TVに推理小説や辞書がいっぱい並んだ本棚、中央にはそんなに高くはないが立派な木製の四角いテーブル1つと、オフホワイト色のソファーが全部で3つ置いてある。そのうち一つは大人が一人横になれるほどのソファーで、カイは幸子を追い越して先にその長いソファーの上にぴょんと飛んで座った。
 
「良い子ね。ちゃんとわかってるみたい。」
 
幸子はそう言うと、テーブルをはさんで向かいにある一人用のソファーに腰を掛けた。
 
「さぁ、トオルもいらっしゃい。」
 
そう言われてトオルも幸子の隣のソファーに腰を下ろした。すると幸子は紙とペンを用意して、すらすらと名前らしきものを箇条[かじょう][]きにし始めた。トオルがちょっと[のぞ]いてみると、「1個、2個、3…15…多い!」ざっと見ただけでも20個ぐらいはある。幸子は「いくつか」と言っていたので、7、8個ぐらいかと思っていたが、名前を決めるのが相当楽しみだったのか、トオルの予想を超えた数だった。
 
「よし、書けたわ。一応これぐらいかな?さて…じゃ、ここにトオルの考えた名前も書くから。考えた名前、教えて。」
 
トオルは「カイ」という名前を幸子に[]げた。
 
「カイ…と。よし、これでいいわ。うん、なかなか良い名前じゃない。でも負けないわよ。勝負ね!」
 
幸子はすごく楽しみといった感じではあるが、トオルは勝負になるのか?と、心の中でそうつぶやいていた。
 
「よし、じゃあ呼ぶわよ。トオル、猫ちゃん。準備はいいかしら?」
 
カイはじっと幸子の方を見つめている。
 
「アトム!」
 
幸子はカイの反応を確かめながら、ゆっくりと一つずつ名前を呼んでいった。
 
「…レオン……クロノ……ブラッキー……プルー……ジジ…。」
 
しかし、カイの反応はない。幸子が紙を見ながら名前を読み上げている間、カイは足で頭を[]いたり欠伸[あくび]をしたり、全く無視しているという感じだ。(そりゃそうだ!自分の名前じゃないんだから!)トオルはそう思っていたが、黙って幸子を見守ることにした。
 
「うーん、全然ダメねぇ。横文字[・・・]があんまり好きじゃないのかしら。」
 
幸子は考えるように一息ついて、気持ちを入れ換えて今度はこう呼んでみた。
 
「カイ!」
 
「ニャア!」
 
カイはすぐさま返事をした。
 
「ウソ!返事したわ。」
 
幸子は驚いていたが、トオルは幸子とカイから目を[]らして頭を抱えた。「あからさますぎるだろ、その反応…」トオルは幸子が不審[ふしん]に思わないか心配だったが、幸子はそんなトオルの気持ちをよそに再び紙に書いた名前を読み始めた。
 
「…風太……黒吉……黒助……小豆[あずき]……熊五郎……。」
 
カイはプイッと向こうを向いて完全に無視している。幸子は自分の考えた名前を全て呼んでしまったようで、思っていたような反応がなかったことに少し落ち込んだ様子を見せたが、それからまた気を取り直して、
 
「カイくん!」
 
と呼んでみた。するとカイは、
 
「ニャ!!」
 
今度は幸子の方を振り返って返事をした。「バカ!そんなに反応したら[あや]しまれるだろ!」そう思ってトオルは幸子の方をそっと見てみた。すると幸子は不審に思うどころか、感動したようにトオルの目を見て言った。
 
「凄いわ!この猫ちゃん!「カイ」って呼んだらちゃんと返事したわよ!しかも、2回とも…。これはもうお手上げね。母さんの負け、トオルの勝ちよ。私も結構自信あったんだけどな…でも、勝負は勝負。この子の名前、「カイ」で決定ね!
 
「う、うん。」

「ゴメン、母さん。それ…コイツのホントの名前なんだ。コイツは人間の言葉を話せて、自分から名前を教えてくれたんだ。だから俺が勝って当たり前なんだよ、とは口が[]けても言えないな」と、トオルはそのとき思った。

そんな二人の様子を尻目[しりめ]に向かいのソファーで退屈そうに欠伸[あくび]をしている、化け猫カイくん[・・・・]なのであった。
 
 
怪訝[けげん]:あやしんだり、不思議がる様子。
尻目[しりめ]:問題にしない態度をとること。
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