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Daisuke Kono

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「ねぇ、カイをどこに座らせるのー?」
 
「うーん、そうだな…。」
 
トオルは教卓(きょうたく)の前まで戻ると、黒板横の何もない棚の上に目をつけた。
 
「ここへ置こうか。動かないといいんだけど…。」
 
トオルが棚の上にカイを置くと、カイはその上で丸くなった。
 
「ハハハ。カイって…置物みたいでかわいいー!」
 
子供たちがそう言うと、トオルは自分の口をカイの耳に近づけ、子供たちに聞かれないように静かな声で言った。
 
(いいか、ぜっっったいしゃべるなよ!しゃべったら家から追い出すからな!いや、追い出すどころじゃない、川に流して二度と戻って来れないようにしてやる!いいな?)
 
トオルがそう言うと、カイはトオルの方を見て静かにコクンと(うなず)いた。かくして、28人の子供と1人の教師(プラス)一匹の数学の授業が始まった。
 
「はーい、みんな教科書開いて。今日は文字式の練習問題からだね。」
 
生徒たちはパラパラと教科書をめくった。一見、普段より真面目に見えるが、トオルがしゃべっている間もチラチラとカイの方を見る子が多い。注意はやはり猫に向いているようだ。「マズイな。もし今の状況を生徒の保護者にでも知られたら…」この学校ではあまり聞かないが、最近はモンスターペアレント(・・・・・・・・・・)なる親も増えているという。動物を教室に入れて授業したなんてことになったら、「あの先生の授業はどうなってるんですか!?ネコといっしょに勉強するだなんて…即刻(そっこく)クビにして下さい!」なんて言われかねない。トオルは大げさだったが、教師生命をかけて授業に望んだ。
 
「じゃ、じゃあ、宿題の答え合わせをするから、安藤君から順番に宿題の答えを言っていって下さい。」
 
「問1、10yです!」
 
「えっと…問2、5abcです!」
 
順番に答えあわせが始まると、生徒全員が一斉にノートに赤丸をつけていく。シュッ!シュッ!そのペンの音が教室中に響くたびに、カイはしっぽを右へ、左へと交互に動かす。それに気付いた子供たちがケラケラと笑った。
 
「はい、みんな!授業に集中してー。」
 
トオルがそう言うと、生徒たちはまた教科書に目を戻した。
 
「次はドリルの問題の続きです。22ページから…では、川口さんから5人ずつ前に出て、黒板に問題と答えを書いていって下さい。」
 
当てられた数人の生徒が、ノートを確認しながら自分の答えを黒板に写していく。全員が書き終えると、それをトオルが1問ずつ解説をして赤チョークで丸をつけていく。シャッ!シャッ!その音が聞こえるたびに、カイはまたしっぽを右へ、左へと交互に動かす。子供たちはまたゲラゲラと笑った。
 
このように、最初は集中力散漫(さんまん)気味の子供たちではあったが、カイが棚の上から全く動き出さなかったこともあって、時間が経つと教室はいつもの授業の状態に戻っていった。
 
そして、5時間目終了のベルが鳴ると、トオルは授業が無事終わったことにホッと胸をなでおろした。生徒たちは起立礼を終えると、すぐにカイの元に走り寄った。
 
「すっげぇ、コイツ。ここから全然動かなかったぜ!」
 
「ホント、カイってエライ!」
 
「右目の傷、なんか海賊(かいぞく)みたいでカッコよくねぇ?」
 
カイはたちまち人気者になった。トオルはまたカイの首根っこを掴むと、
 
「はい、おしまい。もう連れて行くね。今日は特別授業だったけど、次からはいつもと同じ普通授業でーす。」
 
「えぇー!つっまんねぇの。」
 
また「ブ~ブ~」というブーイングが上がったが、トオルは今度はそれを無視した。
 
「じゃあね、みんな!6時間目は集中して授業を受けるんだよ。他の先生にはくれぐれも内緒(ないしょ)だからね。」
 
「先生、またね。カイもね!バイバーイ!」
 
トオルはカイを連れて廊下に出ると、すぐに一番近い出口から外に出てグラウンドに続く途中の校舎の裏手に隠れた。そして周りに誰もいないことを確認すると、強い口調でカイに語りかけた。
 
「カイ!お前!なんで来たんだよ?家にいたんじゃないのか!?」
 
するとカイは不満そうな声で答えた。
 
「だってよぉ、家にいても退屈でさぁ。昼近くまではサチコも家にいたんだけど、オレの飯作ったらどっか行っちまってよ。一人だとなんか暇でな…。トオル、先生やってんだな。大丈夫か?」
 
「一人ってお前、それを言うなら一匹(・・)だろ…。どうでもいいけど、お前、何で学校の場所がわかったんだ?家からは確かに遠くはないけど…。」

そういえば、カイには自分が学校にいることを言ってない。なのになぜ?トオルは不思議に思って尋ねた。
 
「はんっ!トオルの匂い辿(たど)ってきたのさ。お前の匂いは他とちょっと違うからな。オレ様には朝飯前さ!」
 
「匂い?」
 
トオルは自分のスーツの(そで)の匂いを()いでみたが、特に何も感じなかった。
 
「まぁ、いいや。とにかくここはマズイ!おとなしく家に帰れ!わかったか?」
 
「へぇへぇ。」

カイは気のない返事をした。
 
「それからあと、母さんのことは呼び捨てにするな。せめて「さん」ぐらい付けろよな。」
 
「わかったよ、「サチコさん(・・)」ね!ったく、小言(こごと)が多いなぁ。」
 
カイはそう言うと、トオルの手をすり抜け地面に下りた。
 
「でもさ、ガキはおもしれぇなぁ。大人なんかよりよっぽどからかい甲斐(がい)があらぁ!それじゃあな、トオル。また来るぜ(・・・・・)!」
 
そう言うと、カイはひょいとフェンスを越えて学校の裏の方に消えていった。
 
また来る(・・・・)って…おい!?待て!来ちゃダメだって!」
 
トオルはとんでもないワガママ猫を飼ってしまったことを少し後悔した。
 
 
それからカイは、お昼の長い休憩時間の間だけ学校に姿を見せるようになった。ただ、入ってくるのは小学生の遊具がある運動場や中学校のグラウンドのみで、教室内まで来ないところを見ると彼(猫)は彼(猫)なりに気を(つか)っているようだ。

トオルは職員室を出てすぐの渡り廊下の窓から、外で遊ぶカイと子供たちを(なが)めていた。「ホントに大丈夫かな、アイツ。危害とかは加えてないみたいだけど…」この前の最初で最後の特別授業も特に問題にはなっていないようだが、外で子供たちがネコと遊んでいるという話は職員の間でも噂になっていた。これはマズイと思ったトオルは、
 
「あれは最近飼い始めた自分の猫で、勝手に家を抜け出して学校に遊びに来ちゃうんです。ご迷惑をおかけしてすみません。」
 
と校長先生に伝えたところ、てっきり怒られると思っていたのだが、予想に反して校長はカイに好意的だった。
 
「頭の良い猫ですねぇ。椎名先生を毎日迎えに来てるのではないですか?犬ならわかりますが猫でそれができるっていうのはねぇ。まぁ今のところ、保護者の方からは何も言ってきておりませんし、子供たちの中にはその「カイくん」っていうんですか?彼のおかげで外で遊ぶようになった子もいるぐらいで。まぁずっとこのままというわけにはいきませんが、少しの間だけなら構いませんよ。特別ですがね…。」
 
また教頭先生も、
 
「わかりました。子供たちに何かあったらいけないので、こちらもできるだけ気をつけて見るようにはしておきましょう。」
 
そう言って二人ともカイの学校入り(外のみではあるが)を許可してくれた。さらに家庭へのお知らせの中には、「動物との正しい接し方」などと書かれたマニュアルもわざわざ掲載(けいさい)してくれたりして、トオルはそういった学校の対応に深く感謝した。


※モンスターペアレント:学校に対して理不尽な要求を繰り返す保護者のこと。
散漫(さんまん):まとまりがない、集中できないこと。
※胸をなでおろす:心配ごとが解決して、安心すること。
※マニュアル:機械などの取扱説明書、手引書のこと。ここでは、行動の手引きの意。
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