Daisuke Kono
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~妖怪の素性~
日曜日の午後、お昼ご飯を食べ終えたトオルは、「カイを連れて散歩に行ってくる。」と母の幸子に言い残し、二人(正確には一人と一匹だが、この先、本作中ではトオルとカイのみで行動する時に二人として表記することがある)でカイが行きたいという黒川屋に歩いて向かった。その日は昨日と違って雲一つない良い天気だったのだが、そんな中でもカイはあまりしゃべらなかった。
店の前に着くと、トオルが以前通ったときと同じように窓からいくつもの骨董品が見えた。正面入り口の上には、有名な書道家にでも書いてもらったのだろうか、達筆な字で「黒川屋骨董店」と大きく書かれた看板がぶらさがっている。
「カイ、ホントに入るんだな?とりあえず店の中では俺が抱っこして近くまで連れてってやるから、お前が見てみたい物がどれか教えてくれよ。」
「ああ。外からじゃあんまり見えないんだが、あの店の左端…その奥の方に置いてある古くて茶色い器だ。」
トオルはカイが言った方をよく見てみた。確かにそこには古ぼけた小さな器があった。しかしカイがどうしてあんな物を見たがるのか、トオルは相変わらず腑に落ちなかったが、
「よし、じゃあ入るぞ。」
と言うと、カイを自分の胸に抱っこして店の中に入った。
「いらっしゃい!あらやだ、お客さん。店の中に動物は困るんですがね。」
奥の方で椅子に腰をかけながら新聞を読んでいた黒川瑞江が、トオルとカイを見て野太い感じの声を出した。瑞江はお世辞にも美人とは言えない顔立ちで、少し白髪が混じった長い髪を後ろにして束ね、細い金縁眼鏡をかけていた。「自分が前に見たよりもさらに太ったかもしれない…少しメタボの感がある」トオルは心の中でそう思った。
「すみません。コイツ、おとなしいんです。しっかり持っておきますから、少し中を見させてもらってもいいですか?」
そう言うと、瑞江は少し渋った表情をしたが、
「そうかい…構わないけど、もし商品に傷が付いたりしたら買い取ってもらうよ。うちの品物は高いからね。気をつけておくれ。」
と嫌味気味に答えた後、ちらちらとトオルとカイを気にする様子を見せながらも、再び新聞をめくり始めた。
トオルが店内を見渡すと、そこには常滑、丹波、備前、信楽といった様々な種類の陶器が店内をぐるりと囲み、店中央のガラスケースには有田、九谷といった有名な磁器も置かれていた。値札を見ると数十万から数百万円する物まであり、今のトオルにはとてもではないが手の出せる品物ではなかった。トオルはカイを改めてしっかりと胸に抱きかかえると、左奥のちょうど角になった所に置かれた例の器の方に近寄っていった。
近くで見ると、その器は褐色の焦げたような色合いを持ち、歪な形で表面にはへらや青緑色をした自然釉の跡が残っていた。また、器としては小さいが茶碗にしてはかなり大きく、器体には不自然に思えるほどの厚みがあった。その器の名前は「古伊賀茶碗」と書かれていたが、他の商品と違ってそれにだけ値段が書かれておらず、カイは左目を細くして真剣な眼差しで器を見つめていた。そこへ、二人の様子に気付いた瑞江が話しかけてきた。
「お兄さん。その器が欲しいのかい?」
近くで見ると、その器は褐色の焦げたような色合いを持ち、歪な形で表面にはへらや青緑色をした自然釉の跡が残っていた。また、器としては小さいが茶碗にしてはかなり大きく、器体には不自然に思えるほどの厚みがあった。その器の名前は「古伊賀茶碗」と書かれていたが、他の商品と違ってそれにだけ値段が書かれておらず、カイは左目を細くして真剣な眼差しで器を見つめていた。そこへ、二人の様子に気付いた瑞江が話しかけてきた。
「お兄さん。その器が欲しいのかい?」
トオルは急に声をかけられたので、思わずびっくりして飛び上がりそうになってしまった。
「わ!あ、いや。どうしてこれだけ値段が書いてないのかなと思って。他は全部、値札が付いてあるのに…。」
すると、瑞江は言うのを少しためらったように見えたが、しばらくしてから言った。
「…その器はね、ちょっと特別なんだ。あんた、その器の価値を知ってるかい?」
「い、いえ。ちょっと目に止まっただけなんで…。すみません。」
トオルは理由もなく謝ってしまった。瑞江はそれに対してにやけながらも、トオルに少し興味を持ったようだった。
「謝ることなんかないさ。ふ~ん、だが若いのにオモシロイ物に目をつけたもんだね。よし、話ついでにあんたにはそれにまつわるとっておきの話を教えてやろう。銘、つまり上物の器なんかに特別につける名前のことなんだが、その器はね、「導きの器」という銘を持っているのさ。」
「導きの器?」
トオルは瑞江の言葉を復唱した。
「そうさ。その昔、天下に名をとどろかせたある有名な人物が、自分の持っていた金やら宝やらをどこかに隠したっていうんだ。今となっちゃその場所は誰も知らないんだが、その器にはその宝に関する何らかの秘密があるというふうに昔から言われてる。私も祖父から聞いた話だからさ、詳しくは知らないんだけど、そういう言い伝えがあるのさ。」
「へぇ、そうなんですか。」
トオルは少し非現実的な話に、そんなあっけらかんとした答え方しかできなかった。
「信じてないね?だが、本当の話だよ。それは私の家の蔵でずいぶん昔から眠っていた代物で、私の祖父は特に大事にしてた。ただ実を言うと、私自身も半信半疑でね。確かめる術もないし、ついにこうして売りに出す事にしたってわけさ。どうだ、あんた買うかい?」
「いくらなんですか?」
「そうさな…500万ってトコかな。」
「ご、ごひゃく!?」
トオルはあまりの金額に目を丸くした。
トオルはあまりの金額に目を丸くした。
「ハハハ、冗談だよ。器の出来自体はそれ程の物じゃない。…どうだい、若いの。私と勝負しないかい?」
「勝負…ですか?」
トオルは話の先が掴めなかった。そうこうしない内に、瑞江は自分の座っていた場所からさらに店の奥へと入り、なにやら怪しげな箱を二つ持ち出してきた。箱を開けてみると、そこには白地に鮮やかな赤い花が描かれた壷が2つ入っており、トオルの目にはそれが全く同じ物に見えた。
「これは大変価値のある花文壷っていう壷だ。だが、このうち一つは真物、もう一つは贋物だ。もしあんたが真物を見分けることができて、その理由もちゃんと答えられたなら、あんたにあの器をタダであげよう。ただし、もしあんたが間違った方を選んだら、あの器とこのうちの真物の方の壷、合わせて150万円で買ってもらう。さあ、どうするね?」
「ひゃ、150万ですか…。」
トオルにはとてもじゃないが、そんな大金をすぐに用意できるわけがなかった。
「さぁ、若いの、どうする?」
「あの…す、すみません。また、出直します!」
トオルは慌ててそう言うと、カイを連れて店を出た。去り際には、「またおいで!」という瑞江の声が聞こえてきた。
それから二人は家に向かって歩き始めた。途中、トオルは周囲に人がいないことを確かめてから先を歩いているカイに話しかけた。
「カイ?お前、瑞江さんが言ってたあの器の話…もしかして知ってたんじゃないのか?」
するとカイがピタッと立ち止まった。
「ああ。あの器のことはオレの母親から小さい頃に聞かされて知っていた。オレの先祖と関係ある物なんだ。」
「お前の母親って、母猫ってことだろ?どういうことだ?ちゃんと話せよ。」
カイは前を向いたまま、ゆっくりと話し始めた。
「オレの先祖は昔、ある一人の人間に飼われていた。だが、その人間はある理由で死んじまった、いや、殺されたというべきかな。その人間、正確には仲間や下っぱ達だが、主が死ぬ前に持っていた大量の金や宝をどこかの場所に隠したんだ。そのときにあの器もいっしょに作ったって話だ。」
トオルはそれを聞くと、目を丸くして驚いた。
トオルはそれを聞くと、目を丸くして驚いた。
「じゃあお前、あの器に関係する天下に名をとどろかせたとかいう人間の名前も知ってるのか?」
その問いかけに対して、カイは小さく頷いた。
その問いかけに対して、カイは小さく頷いた。
「ああ…知ってる。」
「一体、誰なんだよ?」
トオルが尋ねてみると、カイは少し間をおいて彼の方を振り返り、こう答えた。
「オレの先祖の飼い主の……石川…五右衛門だ!」
※腑に落ちない:納得がいかない、の意。
※メタボ:メタボリックシンドローム(代謝症候群)の略。
※自然釉:焼き物の表面に、窯で焼成中に薪の灰が付着し、それが溶けて天然の釉薬となったもの。
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