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Daisuke Kono

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3.導くモノたち、其壱(そのいち)
 
「古伊賀茶碗ですか?」
 
次の日、トオルは学校で湯舟先生のいる社会科資料室を訪ねた。湯舟先生は相変わらず眠ったような顔をしているが、トオルがそれについて尋ねると目を輝かせた。
 
「椎名くんは骨董(こっとう)に興味があるんですか?」
 
「い、いえ。そういうわけでないんですが…ちょっと知りたくて。」

トオルは言葉を(にご)すように答えた
 
「そうですか。いえ、良いんですよ。そういう所から興味や物の好き(・・・・)って始まるんです。伊賀焼きはですね、元々(みず)(がめ)とか擂鉢(すりばち)とか、そういった日用雑器が多かったんです。それを桃山時代に筒井(つつい)定次(さだつぐ)という人がそれまでの伊賀にはない茶壷(ちゃつぼ)水指(みずさし)などを作り始めました。それを「筒井伊賀」もしくは古伊賀(こいが)と呼ぶんです。ちょっと待って下さいね。」
 
湯舟先生はそう言うと、部屋に積んである本を探り始めた。
 
「ああ、ありました。これです。日本の焼き物に関する本で、様々な種類の伝統的な焼き物が詳しく載っています。私が個人的にいつか授業ででもと思って用意してもらった本なんですが、読んでみるといいですよ。返してもらうのはいつでも結構ですから。しかし、古伊賀の茶碗ですか…確かにあることはありますが、大変珍しい物です。特に、椎名くんの言うような色・形のものは私の記憶にはありませんねぇ。」
 
「そうですか…いえ、ありがとうございます。」
 
と言って、トオルはその本を受け取った。さらに湯舟先生は、「もしわからないことがあったら私に聞いてください。知ってることは何でも教えますから」とも言ってくれた。正直、湯舟先生をこんなに頼もしいと思ったことは今まではなかった。トオルは家に帰ると、早速カイといっしょにその本を見てみた。そこには、古伊賀の焼き物の写真などもいくつか載せられていた。
 
「カイ、確か石川五右衛門の仲間の中には職人みたいな人もいたって言ってよな?そのうちの誰かが伊賀焼きを学んで、あの「導きの器」を作ったんじゃないのかな?」
 
「ああ。そうかもしれないな。」
 
「でも、一体そんな道具を何のために誰のために作ったんだろう?単に隠すだけじゃダメだったのかな?ずっと見つからないようにするんなら道具なんて作らなくてもいいだろうし…。」
 
「オレの母親はその理由については教えてくれなかったな。あるいは知らなかったのかもしれないが…。いつかまた取り出すつもりだったんじゃねぇか?」

「う~ん。」
 
トオルはさらにパラパラと本をめくった。すると、あるページに黒川瑞江(みずえ)が出してきた例の壷によく似た壷が載っていた。
 
「カイ!おい、これ!あの問題の壷にそっくりだ!」
 
そこには、(さか)()()(かき)右衛()(もん)色絵(いろえ)()(もん)(つぼ)と書かれていた。
 
 
それから、トオルは柿右衛門の作品やその特徴を(くま)なく調べた。「酒井田柿右衛門」とは、江戸時代に赤絵磁器の焼成に初めて成功したことで有名な肥前国(ひぜんのくに)(現佐賀県)有田の陶芸家である。濁手(にごしで)と呼ばれる白磁(はくじ)が最大の特徴で、上絵(うわえ)には上質な朱色や緑といった色の絵具が使われることが多く、その作風は柿右衛門様式と呼ばれている。
また湯舟先生は、骨董を見分けるには優れた作品をたくさん見ること、そして実際に手に触れてみることが大切だと教えてくれた。そこでトオルは、休みの日はできるだけ骨董展など有名な作品が展示されている会場に足を運んだ。さらに、黒川屋には学校が終わってからほぼ毎日訪れ、あの2つの壷を(じか)に見て、さらに手にとっては観察をし続けた。初めのうちは見分けられないトオルを軽視(けいし)していた瑞江だったが、数回目に訪れた時には、トオルが来る前に壷を出して用意してくれていた。
 
「さて、今日はどうかね?まぁ、せいぜい頑張りな。」
 
しかし、トオルは壷の真贋(しんがん)を見分けることができないまま、とうとう2週間以上が経ってしまった。そして、トオルが黒川屋を初めて訪れてから、二十日余りを過ぎようとしていたある日のことだった。その日はカイに店の前で待ってもらっていた。いつものように壷とにらめっこをしているトオルの隣で、瑞江は「また今日も無理か」と思いながら、いつものように座って新聞を読んでいた。しかし、その日のトオルは少し違っていた。まるで鬼のような形相(ぎょうそう)で壷をにらみつけている。それから30分程経っただろうか、2つの壷を交互に手にとって眺めていたトオルは、壷を静かに置いてこう言った。
 
「右…が、真物(ほんもの)です。」
 
瑞江は新聞から目を離し、少し驚いた表情でトオルを見た。
 
「…ほう。で、その理由は何だい?」
 
「この壷は…柿右衛門様式の色絵花文壷ですよね?」
 
「…ああ、その通りだ。」
 
瑞江は真剣な表情をしている。トオルは続けた。
 
「柿右衛門様式の最大の特徴は、何と言っても地肌の美しい白さにあります。それが左の物よりも右の方がよく出ていると思います。また、器体の繊細(せんさい)な薄さも自分が見てきた本物の柿右衛門様式に近いのは右の物です。それに…なんというか…。」
 
「それに?なんというか?」
 
「…右の壷の方が、自分の心がグッと()かれました!!
 
瑞江はそれを聞くと、急に大きな声で笑い始めた。それを見てトオルは、自分が何かおかしいことを言っただろうか?と首をかしげた。
 
「あははは…。いやいや、あまりにも最後のあんたの答えが純粋すぎる答えだったからさ…わ、悪かった。最近の若い者は根性なしばっかでね、あんたもすぐにあきらめると思ったんだが…あんた、なかなかいい根性してるよ。気に入った!」
 
「それで…正解は、どっちなんですか?」
 
トオルは思い切って質問した。すると、瑞江はニコっと優しく微笑んでトオルを見た。トオルがこの店に来て以来、瑞江のそんな穏やかな表情を見るのは初めてのことだった。
 
「正解はね…あんたの選んだ方さ。そう、右が真物(ほんもの)の柿右衛門の色絵花文壷だよ。」
 
トオルはそれを聞いて、力が抜けてその場に座り込んだ。
 
「あらあら、大丈夫かい?でも、あんたの言うとおりだ。物の良し悪しを見抜くのは最終的には人の心だ。知識も確かに必要だが、人に教えてもらうだけのもんじゃない。最終的には自分自身で身につけていかないといけないんだ。あんたはそれに合格したんだよ。」
 
そう言って瑞江は「導きの器」の方に歩いていって器を手に取ると、それを丁寧に紙に包み小さな木箱に入れ、トオルに手渡した。
 
「こいつ専用の入れ物はないんでこれで勘弁しておくれ。なぁ若いの、人と人、物と人にはね、強く引き合う力が作用することがある。私はね、あんたとこの器にはそれがあると思ってる。だから、ぜひ大事にしておくれよ!」
 
「はい、ありがとうございます!」
 
と言って、トオルは店を後にした。店の前で待っていたカイが、
 
「やったのか?」
 
と尋ねてきた。トオルは強く(うなず)いた。するとカイは、
 
「へへ、今夜はスシだな!
 
と、笑いながら言った。


※言葉を(にご)す:はっきり言わないで、曖昧(あいまい)に言うこと。
(くま)なく:すみずみまで、徹底的に、の意。
形相(ぎょうそう):激しい感情の表れた顔つきのこと。
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